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私の好きなキャラは、
1位 神田
2位 アレン
3位にラビ、リナリー他メインキャラに加えてララが好きです。

レベル2にイノセンスを取られたあと、アレンがイノセンスを元に戻しても“ララ”ではない、自我のない自動人形になったのはどうしてなんでしょうか?

ララの“自我”が人形のボディか、イノセンスのどちらかに宿っていれば、イノセンスが戻れば“ララ”に戻りそうですが、戻らないということは、“ララ”として存在するためにはイノセンスとボディのある状態が維持される必要があったのでしょう。

罪を憎んで人を肉まん。に素晴らしい記事があったので引用↓

=省略= 

アクマに人間の魂が必要な理由と
どうして人間を殺す事で自我を持つのかを考えてみた。


まず、人間が人間として存在する為に必要なものは

「体」 「魂」 「心」

この3つだと思う。

魂と心は別だ。ちょっとこの辺は管理人の個人的な考えなのだが
例えば、生まれたばかりの赤ん坊には「体」と「魂」はあっても
「人間の心」はまだ形成されていないと思う。
そこから親に大事にされたり辛い目にあわされたりと、人間の心に触れる事で
人間の心が出来上がっていくのではないかと思うわけで。

=中略=

1のアクマにあるのは「体」と「拘束された魂」。 自我が無い。食欲だけ。

沢山の人間を殺す事。
これが上記の「人間の心に触れる事」になるのではないかと思う。


そしてレベルアップしたアクマには、喜怒哀楽のある自我ができる。
これが上記の「心」。
借り物の「体」と、借り物の「魂」と、育まれた「心」で、
その人間のような自我を持ったアクマは存在する。

=以後省略=

引用:アクマに人間の魂が必要な理由


AKUMAの自我が生まれるにはレベル1のあいだの時間が必要なように、ララという自我には何百年という時間が必要だったのでしょう。

イノセンスを動力に動く人形には、いつの間にか“人間のために歌いたい”という自我がありました。
街に人がいたころに、歌うことで喜ばれて、人間の心に触れ、自我が生まれたんだと思います。そしてグゾルと過ごしたことで今の“ララ”になりました。
イノセンスを入れ直された人形は、どうも創られた直後の状態に戻ってしまったようです。
イノセンスを一度外された為にその時間が消えたから、“ララ”でなくなったような気がします。

ただ、「体」と「心」はありますが「魂」があるのか、これが気になります。“自我”が「魂」無しで生まれるのか、これもわかりません。こういった考え方は個人差がありますし。永く愛用された道具などには魂が宿る、という考え方は日本に古くからある気がします。しかも人形だと、“魂込めて”作られているので、魂がこもっててもおかしくないかも・・・。

あと、最後にアレンにお礼を言うことが出来たのは、エリアーデがクロウリーに「あの子達と一緒に行きなさい」と言えた事と同じ理屈な気がしますが肝心の理屈は全然わからない・・・。
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